室礼について(おかげ横丁北口棟)

月初めにインフルエンザに掛かり、今月は久し振りに仕事を休んでしまった。
やっと完治し、長引く越年の腰痛もかなり回復してきた。
先日の受賞では恩師中村先生をはじめ、多数の方から御祝の言葉を戴いた。
ここに改めて御礼を申し上げ、これからの励みとしたい。

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                  <試作の行灯火袋>
おかげ横丁北口棟も順調に造作が進み、先日から屋根の瓦を葺き始めた。瓦師の山際君とも久し振りだが、屋根に上って張り切った笑顔を見せていた。
棟梁の堤さんも材料加工から現場に戻り、難しい板庇を考えながら納めていた。
着々と形が現れるものの、まだ先は長い。
この間、打ち合わせでは、室礼に向けた話が大詰めに入ってきた。
室礼は、建物の性格を決める大事な要素で、けしてにわか討論ではできない。空間をリードするものだけに、慎重に考えを巡らせ、室礼ひとつが与える影響を、全体とのバランスから検討する。
暖簾や看板、衝立、座卓、照明や椅子、座布団など、かなりなアイテムとなる。
これが日本の道具で、家具と違った扱いやすさはあるものの、その彩りや質感までも含めると、おいそれとは決められない。反面、建築と違った自由な発想も許され、道具を設えることで空間の性格が決まっていく瞬間は胸が高鳴る。
年来の盟友、岐阜の村山千利がその任を負ってくれ、皆の中心となって纏めてくれている。それに甘えて思うさまをぶつけ合い、建築との齟齬がないよう議論を重ねてきた。
村山さんの背景には、村山組と勝手に名づけた職方の一団が控えていて、私の好みも仕事も熟知してくれる心強い面々が脇を固めている。
今回の仕事も、室内パースに私がある行灯を描いていた。
瓢を象ったものだが、果たしてできるかは私も疑問だった。彼もそう思ったのだろう。早速職人と話をしたらしく、その絵に沿った試作を持ってきてくれた。
形はまだ修正せねばならないものの、こうして編めるのかと、途端に嬉しくなった。頼まずとも、村山さんはこうした取り組みで造形を鼓舞してくれる。
やってみたいものを実現してくれる人がいる得難い環境を、心から有難く思う。

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                   <暖簾の下絵>
大階段の上がり際に、これも大きなのれんを描いていた。
これはなかなか素案が纏まらず、思い切って私から提案してみた。
無論下絵に過ぎないが、福をふぐに掛けて遊んでみた。
こうした暖簾ひとつをとっても、その色や文字、生地の選別やデザインなど、考え出すと幅が広く、一筋縄ではいかない。
小さな室礼が緊張感を醸し、てらいのない素朴な姿が圧倒的な存在感を出す。
理想ではあるが、まだ私はその域ではない。しかしこの道具という世界には、未知な力があると信じている。
茶道具の競演がひとつの世界を作り出すように、これらの室礼が私たちの暮らしに彩りを与えると思うと、住宅であっても、もっと積極的な提案が必要だろう。
それだけ室礼には豊かな世界がある。
  (前田)