建具を書くー料亭の建築

出張から戻り中3日、懸案の図面やら計画を纏め、明日からまた出張に出る。
この間、2日を掛けて福岡の料亭に入る建具を書いた。
前々からこの日に書くと決めていたせいか、気力充実、一気呵成に纏めた。
建具の存在は大きく、ないがしろには出来ない。

画像

                 <料亭、大広間建具>
実施設計では大まかな意匠を決め、建具表も書くのだが、現場にあたっては、改めて建具図を引き直すことにしている。ともすれば、建具が全体の雰囲気を決めかねないこともあって、気持ちを整理する側面もある。
大工仕事が人品骨柄を表すとすれば、左官の壁はそれらに表情を与え、建具は衣装をまとわせるとでもいえようか。作り方によっては、建築を華やかにも、落ち着きある佇まいにもできる。
それほど、建具が空間に与える影響は大きい。
舞良戸、板戸、障子、襖、格子戸など、日本古来の建具の意匠は、豊かなバリエーションを誇ってきた。古い例を挙げなくとも、ちょっと前の住宅では建築はとにかく、建具に良いものが入っていた例を、私も数々知っている。
それだけ、建具の重要性が認識されていたのだろう。
出来上がる空間に想いを馳せながら書き進めるのだが、事務的に伝える図面とは異なり、感覚を鋭敏に望む必要がある。建具が入るその見え方、部屋の使われ方をもとに、建具それぞれに表情をつけていくのだが、感情をディテールに乗り移らせる、といったらいいだろうか。
とても合間仕事には書けず、意識を集中し、一気に纏めるのを常としている。
書く図は、1/10の縮尺で、加工図といっていい。
建具一本ごとに、部材の寸法や面の取り方、桟の納まりなどを書くのだが、単に細ければ格好良いという筋合いでもなく、掛かる力に耐え得る部材寸法が、美しさを生み出すのではないかと思っている。建具には開閉という本来の役割があって、使用に堪えるのが前提だからだ。
まさに用と美を両輪に、建具の存在がある。
建築から見れば小さな一本の建具だが、そこにはさまざまな仕口仕事も必要で、複雑な納まりも珍しくない。その面の取り方や廻し方でも随分と表情を変え、1寸ほどの見込みの中に収まる桟の出入りが、微妙な陰影をも生み出す。
その精緻な表現を、いま書く私の鉛筆に託されると思えば心躍動し、積み上げるディテールが雰囲気を育むのなら、思いは時空を飛び越え、完成なった座敷に虚空を睨む。
料亭の名に気負うことなく、日本らしい佇まいを心掛けて書いた。
新奇な意匠を採らず、さりとて、ぬるからぬよう神経を尖らせ、穏やかに空間の背景を務めさせたい。
明日から石巻に向かい、翌日、東京で契約に立ち会って、福岡へ。
そこで、建具の職人とも会うことになっている。始めて会う職人だ。図をもとに思いを伝え、さっそく木取りに入って貰わねばなるまい。
建具については、まだまだ話したいこともあって、完成時には紹介方々、改めて書きたいと思っている。
  (前田)