東京S邸竣工ー5

若夫婦の玄関から2階に上がる。
吹抜の階段を上がると、下階の庭を見下ろす大きな窓を望む。
ガラスに囲まれた階段は、迫る隣家を感じさせないほど明るい。
階段段板の赤松と手摺りに使った杉の感触が、触れるほどに柔らかい。

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                 <2階への階段>
ボーダータイルの側壁を曲がると、若夫婦のリビングに向かう。南面して屋根を登らせ、いち面に大きく開口を取った。
南へ向けた傾斜の理由のひとつに、北側斜線がある。住環境を良好に保つ意図から設けられた制限で、北側隣地への日陰に配慮したものである。そのため、必然と北に下がる勾配となり、リビングではそのまま屋根を登らせた。
入口の格子戸を開けると、手前にダイニング、奥がリビングとなる。
ダイニングは、囲む食卓を中心に天井高を抑え、リビングにいたって大きく屋根裏を表す。赤松の梁を掛け、杉の縁甲板を張った。
この梁は実施設計では角ものだったが、材料が揃う間際にSさんの希望で丸太に変わった。どうしようかと、sさん自身で悩んだ結果だった。
丸太は、曲がりなりに八角の形に整え、掛け渡している。この八角に削るひと手間が、ぐっと材料を身近にする。丸太のままでは否応にも自然が勝り、角ものでは人の手が勝ちすぎる。
自然と人の接点を探るのが木づくりで、この加減が、木を人に近くする。

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              <ダイニングよりリビングを見る>
リビングの端、一段奥まったところが書斎となる。
3畳ほどの空間だが、机を造り付け、側壁いち面に本棚を設けた。狭さを憂慮したが、リビングと繋がっているせいか、実感は広い。
ダイニングの奥がキッチンで、その先にユーティリティが連続する。
キッチンから書斎に至る壁には、陶板を張った。壁の手前に丸太の受梁を通し、南の開口に対して存在感もって見るものを受けとめる。
照明は、原則として間接照明によった。直接光に慣れた目には少しく暗く感じるかも知れないが、明暗は空間を立体に浮かばせる。スタンドを各種選定して実施設計に盛り込み、光が醸すコントラストの楽しさを具現化したかったが、実生活の中で徐々に揃えていきたいとの奥様の希望を尊重した。

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                 <リビング脇の書斎>
ここは道路から最も奥まった場所となるため、桜の葉が茂る5月あたりからは、歩く人の視線は気にならない。視界はあたりを睥睨するよう駆け巡り、以てこの空も獲得したいと、屋根を登らせた要因の一端はここにある。
東京の空など、そう簡単に手に入るまい。まして住宅密集地にあって、家の中から空を仰ぎ見ることなど、そう滅多にはできないことだ。
できてみると、果たしてそうなった。
高さを抑えた屋根のスカイラインは隣家の建物を消し、そのまま空に通じる。
脚下には庭の緑優しく、これが東京の自然を甘受するひとつの方法かと、改めて眺め、仰ぎ見た。
  (前田)

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                 <リビングから空を望む>