四季の室礼<夏>

塾の講義は五月に行われたこともあって、当初はこれから迎える夏に向けた話を・・・・ということだったそうです。ただ夏だけでは話にならないので、四季の室礼としたと、前田さんから聞きました。
夏も過ぎた今となっては・・・・・・・(ごめんなさい)
それでは続きをどうぞ。
 ~ 四季の室礼<夏> ~
今では五月になった途端、暑さに居たたまれなくなってしまいました。
年々暑さが早くなってきているように感じるんですが、皆さん如何ですか。
特にデブには堪えるんですが(笑)、湿度が伴うと特に我慢出来ませんよね。
日本には春と夏の間に”梅雨”という季節があって、この長雨が過ぎると暑さが本番になります。
この梅雨には、急に肌寒くなる“梅雨寒”もあるものですから、なおさら急に暑くなると身体に堪えますよね。
その梅雨開け近くに、七夕が訪れます。

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これは長野県の梓川村の人形雛と呼ばれるものだそうで、こうして人型の雛を吊して七夕を迎えるそうです。
私らも子供の頃は笹を取ってきては、毎年飾っていた懐かしい想い出があります。
去年も久しぶりに飾ってみようと自転車に乗って捜しに出たんですが、この頃では笹自体も姿が消えたかのようで、身近に見かけなくなりました。
自然環境が次第に、私たちの身辺から失せていっているんでしょうか。

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暫く京都で生活をしていたこともありますので、この光景を見ると夏!と感じます。
京都の町の中心に流れる鴨川に、夏になるとこうして床(ゆか)が張り出されます。
この写真は、綺麗なお姉さん方を囲んでと立派なところらしいですが、今はもっと気楽な床も最近は多くあるようです。
まさに京都の夏の風物詩、といったところでしょうか。
皆さんの身近なところでも、”風物詩”と呼ばれる行事とか、慣例などあるんじゃないですか。
いっぱい風物詩を持っている地域こそ、豊かなんだと思います。

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京都が出てきたところで、もうひとつ。
有名な祇園祭の光景です。家の外にはこうして幔幕を掛け、外に面する格子を取り外し、家の中には重宝を飾り付け祭りを祝います。もちろん、私は京都人ではありませんので外から伺うだけですが、こうした情景に、かつて都があったことを改めて思い起こされます。
祇園祭は各地の八坂神社でこの時期、一斉に行われるようですが、京都は例の鉾が有名ですね。
京都には10年間いたのですが、実際に見に行ったのは3年ほど。
やはり人混みにはついていけませんでした(苦笑)。

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何処にでもあったんじゃないかと思わせる光景ですよね。
夕暮れ時、ひと風呂浴びて縁側で夕涼み。
外には打ち水がされ、涼しげな風がながれていく。そんな情景が目に浮かぶようです。
最近でこそ、このうち水に脚光が当てられるようになりましたが、昔は何処でもやっていました。
我が家の周りでも、夕方になるとそれぞれの家から打ち水の音が聞こえ、私もやらされた記憶があります。地域に住むみんなで、夏の暑さを凌いでいたんですね。
クーラーの中にいては結して生まれない、生きた夏の風景です。

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簾、これだけで夏、と感じますよね。
中が見えそうで見えない、それでいて風が吹き抜けていく。日本の生活の中では空間を隔てる装置はほかにもありますが、竹や葭で作った簾は、間から陽の光が木漏れ日のように入って、家の内側からは外がよく見え、外からは内が見えないという誠に具合のいい調度です。
平安時代は寝殿作りといった建物で、貴族は暮らしてきました。
その彼らが空間を仕切るのに使っていたのも、この簾でした。
ただ、もうちょっと贅沢なものでしたが、それに敬称をつけて”御簾(みす)”と呼んでいたんですね。
皆さんご存じの、テレビの時代劇に出てくるお殿様の前に掛かっているものです(笑)。
中が見えそうで見えず、さりとてその存在が伝わってくる、といったところに「奥ゆかしい」という言葉が生まれたのでしょう。
京都の町屋にも、東京の下町にも、今でもずっと簾の生活が息づいています。
日本的なものの良さを代表する、道具といっていいでしょう。
伊勢ではこの講義の模様が、今度地元のテレビで放映されるようです。
先日、事務所にビデオテープが届いておりました。
内緒で観てしまいましたが、ちょっと偉そうに喋っている前田さんに会えると思います。
続きはまた、近々に。
  (かりの)