「日本家屋の暮らしと知恵」 その10ー最終回ー

「日本家屋の暮らしと知恵」、講演内容もいよいよ最終回となりました。
10回に渡ってのご拝読、ありがとうございました。私たちも、日本の建築をと、いつも集中しているつもりですが、暮らしそのものに面と向きあうことが少なくなっているようです。
まさに”暮らし”は、ソフトの集大成、といっていいでしょう。
家庭ごとの暮らし方が、豊かな日本を作り出してきたんでしょうね。
前置きが長くなりました。それではご覧ください。
~ 「日本家屋の暮らしと知恵」 最終回 ~
日本の空間は狭いところを広く使い、不便を快適に変える中に宿っているように思います。
狭いのは確かだけど、その狭さで何らかの行為が制約されるのではなく、狭くても奔放に生活の満足と人生の意義を追及してきた歴史だと思います。
この家を見ても分かるように、個人的な空間を確保することに執着しなかった。
いってみれば、個室だとかプライバシーといったものは日本文化になじまなかったんですね。
こうしたことにこだわらない性格が日本人の根底にあったからこそ、融通を持った空間の使い方を可能にしたのかも知れません。

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独自の空間色を出すのにも、空間を分断する方向に向かったのではなく、道具で対処する方向へと向かいました。プライバシーというところに余り厳格な要求をしなかったから、せいぜいが屏風や衝立、簾などで空間を緩やかに区分するに留まったものでした。
それらは実際に音や声を遮断する機能など全く持たないものです。
恐らくは見られない、という視覚的な欲求を不十分ながら補うことしかできなかったでしょう。それは、日本の技術力がなかったとか、社会的なシステムがそれを許さなかったこととは別の次元なんですね。
それは、聞かれない、見られない、ことを物理的に追及することにはなくて、象徴によって察するという暗黙の約束に重きをおいた結果なんです。
衝立や簾はそもそも約束を象徴するものであって、たとえ聞こえていても「聞こえない」、「見えない」、とするルールが存在していたんです。
その道具の象徴的な役割がしっかり暮らしに根付いていたからこそ、彼のタウトも、日本の子供の中に日本家屋の影響を垣間見たのではないかと思いますし、サザエさん家のように多世代同居も可能にしたんだと思います。

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空間がこのように、融通をもって使われてきた背景にある行動のルールは、これから家を考える上でとても大切なことだと思うんですね。私たちを取りまく社会もそうですが、今や家庭の中にもこのようなルール、規律などなく、厳しい姿勢も、家に他人を受け入れる術も失いかけている。
それは私たちの生活に「ケ」がなくなってしまったのが、大きな原因に挙げられるように思うんです。
芝居や音楽、展覧会など、ハレの日の催しが日常的に私たちの周りで展開されています。レストランには食を奪われ、核家族化した小さな単位は好き勝手に奔放な生活を送る。
おそらく多くの方がどこかで感じている心の虚無感、それは私たちを取りまくハレの日の連続にその原因があるように思えてなりません。
規律は日常の「ケ」の中から生まれ、それが私たちの中に確実に蓄えとして培われてきたんでしょう。今日のこの話も、そういった蓄えの一端であって、この蓄えの継承が知恵の伝達だと思うんです。
それらが持てないことに、私たちは言いようもない不安感と、虚無感を感じているのかも知れません。
このケの中に潜む規律や抑制が、もし私たちを豊かにする知恵の根源ならば、今一度住まう術とともに、もっと素直になって、これまでの日本の暮らしと対峙してみても良いのかな、そんなふうに思っています。
(完)
  ー平成20年3月17日 前田伸治 於五十鈴塾 講演聞き書きー
  (かりの)