露地のいりぐち(茶の湯サロン2,)

左座さんが催す「常楽会」、という茶の湯の集まりがある。
”茶の湯サロン”を、といったのも、その裏付けがあってのことだろう。
彼はその名を取って、このサロン全体を”常楽苑”と冠した。茶の湯だけに限らず、さまざまな日本文化の発信基地となる空間を、という希望を通し、彼の思想信条に沿うあり方を求めた。
すでに左座さんの試みに賛同してくれる方も現れたと聞く。
まさに”苑”と呼ぶに相応しい環境に整った。

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お茶と聞くと、多くの方は茶を点てる点前のことを思うようだが、茶の湯はそれほど単純なものではない。一般にお茶という場合、それは「茶事」のことをさす。
客と亭主の心が通い合うことを追及して、これまで多くの茶人たちによって作り上げられた、ひとつのもてなしの形である。
少し茶事に触れる。
茶事は亭主と客の関係から成り立っており、客を招くことから茶事は始まる。
招待状を送り、客を招くのである。
当日、客は定められた時刻に亭主のもとを訪れる。客が集うことを寄り付くというが、まず客が通される場所を「寄付(よりつき)」と呼ぶ。
この寄付に亭主は現れない。客を迎えるのは床に掛けられた一服の軸である。
客は亭主の趣向を、この軸から思い巡らし、期待に胸ときめかすのである。
一同が揃う間に客は身支度を整え、亭主からは白湯などがもてなされる。

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客が揃うと亭主側の案内を受けて、いよいよ茶の湯の場へと入ってゆく。
その入口となるのが、「露地口(ろじぐち)」と呼ばれるものである。
客は露地口を潜り、亭主の案内を待つ間、暫し腰掛けに通される。
茶の湯、序盤の出だしとなる。
左座園の茶事は、この店の小上がりが「寄付」となり、脇の格子戸が「露地口」となる。店も茶の湯の舞台に豹変する。
従って小上がりは、店としても、茶の湯の中でも重要な役割を持つ。
きっとこの炉辺には、多くの人たちが集うことだろう。
「格子戸は手掛けを持って開けなさい、木を触っちゃだめだよ」
完成間際、自分の子供に言い聞かせている左座さんがいた。
彼は結界であるこの格子戸上に、「常楽」の扁額を揚げるらしい。

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格子戸を開けて露地へと入ってゆく。
土間上は緩やかな掛け込み天井として、杉柾板を底目に張り、上がり先は棹縁の平天井。ここでも大きな上がり框が客を迎える。左手が腰掛けとなり、右奥に蹲踞が据わる。
茶事の客はここで履き物を脱ぎ、腰掛けへと通され亭主の出迎えを待つ。
こうしてみると変哲ない空間に納まっているが、もとは鉄骨の建物。
特にこの部分は柱や階段があり、工事では難を極めた。板間の下には既存の配管や枡があり、階段下(写真右側)の手洗いとの接続や、バックヤードとの配管、手洗いの換気ダクトの経路や、鉄骨梁と店舗天井の取り合い、鉄骨階段と木部の納め具合など、とても図面では表しきれない既存構造体との格闘でもあった。
完成後、暫し腰掛けに座っていたが、店先の喧噪が嘘のように静謐に包まれる。
蹲踞が堂々と鎮座し、下地窓の掛け花に露地の露が宿る。
まさにここは露地となる。
次回に続く。
  (前田)