最初に話を頂いたのが、2005年秋のことだった。
基本設計を書いて東京駅で渡したのが、その年の押し迫った12月。
年が明けてからはS氏自邸の基本設計、同じく彼の自邸の茶室。実施図作成。
続いて今回の実施設計から工事へと、集中して長い期間かかわってきた。
その間、設計や工事に至る紆余曲折など、逸話に絶えない滑り出しだった。
それでも、互いに意思を後退させることはなかった。
S邸”茶の湯サロン”いよいよ完成である。
数回に分けて内部をご覧頂こう。
1階は茶道具商を営む店であり、サロンの導入口ともなる。
両端には商品棚が設えられ、中央には展示台が据わる。
思ったよりも明るくなった。
店の得意先面々も、いち様に「以前より広くなった」というらしい。
実際は逆に狭くなっているのだが、スッキリさせたことで広さを感じるのだろう。
家具全般にはタモ材を使った。宮本さんの好意で、ほとんど無垢で作ってくれた。
タモは和洋を問わず使われる材料で、材質が固く、杢目がおとなしい。和風というと、杉や欅を連想するが、タモのような堅木を用いると中立的な品の良さが漂う。
土間は豆砂利洗い出し、天井には杉柾を底目に張った。
店奥には小上がりが構える。
かつての座売りそのままに、店主と客の出会いの場所となる。
客の話を聞き、それに相応しい品を出しながら客との関係を築いてゆく。
かつての商いは、そうした客との交歓で成り立っていた。
言葉を交わす中で距離を縮め、気持を察することで懐に飛び込む。
しかし、その短いやり取りの中で客の”好み”を察知できなければ、客は遠退く。
この上がり框は、店主と客の厳しい結界でもあり、店の信用の象徴でもあった。
そういう関係を構築したい、と望んでの小上がりだった。
「是非、お茶を一服呑んでいただきたい」
彼のたっての希望で炉も切られた。床の裏がバックヤードとなり水屋を兼ねる。
床脇に火灯に抜いた口を設けて茶道口としたが、空間の構成上やむを得ず逆勝手となった。手前をする丸畳に台目2畳、小さい空間だが存在感は大きい。
床は4尺。
床柱に香節丸太をたて、床框には檜錆丸太。節を3つ入れて取り合わせた。
勝手付きには地袋を設え、上に棚を通して茶道具の展示を兼ねる。
「まるで小さな茶室のよう」と、宮本さんはいう。
店奥正面の床はしっかり周囲の目を惹きつける。
脇に控える格子戸が、茶の湯サロンへの入口だ。
上がり框には松を使った。
大工の樋口さんが慎重に入れていたのを思い出す。
きっとこれから左座園の永い信用を担っていくに違いない。
(前田)