下地窓

「これはダメだ・・・・・・」
玄関の下地窓を見た途端、思わず呟いてしまった。
しまった・・・、隣りに宮本さんがいるのを忘れ、つい口を滑らせた。
S邸、玄関のことだ。
工期の遅れは工務店の損害である。それを承知で良い仕事を追及してくれている人を前に、思ったことを口に出した自分に腹が立った。
良い仕事を残さねばならない。設計の仕事として当然のことだ。
それが施主に対しての、私の仕事である。
悪意ではないにしろ、おざなりな仕事に対しては、強い姿勢で臨むのに躊躇することはない。しかし一所懸命な人に対しては、失礼があってはならないと思う。
仕事は仕様書が作るのではない。人が作るのだ。
そう、日頃から心掛けているつもりだが、こういうときに至らなさが出てしまう。
後ろにいる宮本さんも、きっと厳しい顔をなさっているだろう。

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下地窓は、よく「貝の口」に仕上げるという。小口の形状を指す。
経験がないとつい丸く塗ってしまって、のっぺりした感じに仕上がってしまう。
これだと、どうにも見られない。
丸い中にも肩を張らせて仕上げてゆく。それが、いかにも自然に壁を塗り残した風情に仕上げて行かねばならない。繊細な神経が求められる仕事である。
京都あたりの左官は、自らその型を研究し、独自の鏝を作っている人も多い。
「良い勉強をしました」、という宮本さんは、間髪を入れずに塗り直しを命じた。
結局、私の書く断面の原寸に合わせて、鉄板で即席の鏝を作ってもらった。
この土はとても良い表情をしている。
宮本さんが、長年研究されてきた”土”である。
最初に宮本さんの事務所に伺ったとき、そこで見せてもらったのがこの土だった。細かく篩った土のきめ細かさが、ベタッとならずに粒子が浮き立っている。何とも味わい深い表情を見せていた。
福岡県糟屋郡久山町産の”土”だそうだ。
地元の材料を大事にする、宮本さんならではの取り組みの成果だろう。

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5月の新茶の頃に開店を望んだS君にも、もう焦りの表情は消えている。
仕事を進めていく職人衆を間近に見て、懸念が安心に変わったようだ。
そろそろ現場も最終段階。
早く完成した姿を見てみたい。
  (前田)