木を腐らせない

山口さんの顔が次第に硬直してきた。・・・ように感じる。
仕事がなかなか進まない・・・・・。
工期が遅れることが確実になった。
S邸と同じ、どうすることもできない。若い大工の2人が一所懸命なのだ。
中西専務も時々現場を覗いているようだが、遅々とした状況に頭を痛めていた。

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造作に入って、もうかなりの時間が経つ。
つい慎重にと置くひと呼吸が、速度を鈍らせるのだろう。
奥さまも、待ち遠しさを通り越して心配顔である。
でも、良い仕事を残してくれているのは確かだ。きっといい家になると信じている。
現場は今、大事な細部の納めの真っ最中である。
しかしここにいたって、意思の疎通に苦心する。これはお互いの話だろう。
大工が板に原寸を引く。理解の深度を測りながら、指示をする。
専務は若い衆に小言をいわない。全て「お前らが納得いくように」、そんな言葉が聞こえてきそうな姿勢で見守っている。それだからだろう。いつ見ても彼らの目は真っ直ぐを見、動きがハツラツとしている。
先日現場に奥さまのご両親が、いきなり訪ねてこられたそうだ。
専務が応対したらしいが、リビングの梁を見て「う~ん・・・」と唸ったきり、黙ってしまったらしい。「今年中に出来ればいいじゃないか」、そんなことを言って帰られたと聞き、破顔一笑した。
また「外部に柱を見せたままでは、腐るのではないか」と、疑問を呈されたと聞く。

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先日も新潟で大きな震災があったが、阪神震災の時、私は京都にいた。
震源に近いこともあって、現場も見させてもらった。同時にさまざまな調査報告も見聞きした。その中においても、木の腐れは木部を現すこととは関係ない。
むしろ木造にも拘わらず、木をすっぽり他の材料で包み込んでいる状態が最も恐い。木が息を出来ないからだ。木は材木になっても呼吸をしている。梅雨の頃ともなれば湿気を吸って膨らみ、乾燥すれば痩せることを繰り返す。そこが自然素材なのだ。
その自然素材を、鉄などの工業製品と同じ状態で使おうとするところに問題がある。呼吸が出来なければ、自ずと中から腐れを招く。土蔵などの倒壊例もそのひとつだろう。
木軸の外側に防水シートを張り、外壁材を隙間なく打ち付ける。柱間には断熱材を敷き込み、室内からはボードで完全密閉。表層にけい藻土などを塗って自然素材だといっても、所詮構造体は、常にサウナの中だ。腐って当然だろう。
木は、見える状態で使うのが一番良いのだと思う。日本建築はその構法とともに、日本の環境と素材とのバランスの中で育まれてきたのである。
ご両親によろしくお伝え下さい、と話して現場を後にした。
  (前田)