続きを。
「何で一番大事なところから積むんだ」、監督の岡本さんに詰め寄った。
石組みの当日、いきなり石を運び出したので思わず叫んだ。
中庭に入って最初に目がつく井戸周り、ぶっつけ本番でいきなり大事なところはないだろう。もちろん岡本さんのせいではない。私の中の苛立ちが言葉に出た。
もう失敗は出来ない、不安が交錯する。
きっと現場全員が思ったことだったと思う。
石組みが始まる。
水平と竪勾配にあたりを付け、水糸を張る。
下段の石を置きはじめる。石が小さい、隙間がありすぎる・・・。
やはり、というか期待に反してうまくいかない。思うものとは程遠い。
もう待てない、直に石工に問う。
石組みは石の選別や組み方など、職人の感覚に負うところがあまりに大きい。
木組みならともかく石を組むことなど、どう伝えて良いか分からない。
やったことがない、もどかしさが募る。
私は主張しない石組みを求めた。
それも石と石の合端(あいば)を合わせて、隙間なく組んでいく形を。目地などで誤魔化してはいけない。下には大きな石を、上に行くに従って小さな石を組んでいって欲しい。
知らない人間が偉そうなことをいった。
私の中では、ここで妥協したら折角の建築が持たない、という脅迫感があった。
出来るかどうかではなく、やらなければならない。そんな気持ちだけで石工にぶつかった。最初こそ意見が噛み合わなかったが、しだいに職人の手が馴染んでいくようだった。
見ていて分かる。言葉では「合端を合わす」などと簡単なことをいうが、そんなこと並大抵ではないのだ。
それぞれの石がもっている表情を変えぬ程度に石の周りを叩いて、周囲の石に馴染ませながら積んでいった。思ったよりもの凄く手間が掛かる。
ひとつふたつ載せたところで、石の表情が違うと容赦なく替える。
そんなことの繰り返しだった。
「思ったことを何でもいいから、直接いってほしい」、石工がいった。
「その方が良いんだ」、と。
それが3段目ぐらいからか、仕事が早くなった。
まさに思ったような石組みが現れだした。
井戸の周りは高さ80センチぐらいだが、積むのに一週間かかった。
次の週から応援が来て、田淵組は5人になっていた。
(田淵組 石工衆)
五十鈴茶屋棟の階段に沿った石組みはまた半端ではない。切石が重なる段石に合わせて組み上げていく大仕事だ。
もうこの頃になれば、互いに何もいわずに判る。
気持ちよく挨拶が交わせるようになっていた。
「こんなに掛かるとは思ってもいなかったよ」
しみじみ田淵さんが語った。
これらの石組みだけでもひと月半、中庭の敷石と合わせて3ヶ月ほどは掛かったのではないだろうか。その間、週末以外は泊まり込んでの仕事だった。
大工の頭脳にも感心することしきりだが、この石工の感性は敬服に値する。
その姿は図面で書けるものでも、言葉で伝えられるものでもない。
まさに彼ら石工の手が、その感覚を呼んで組み上げたものだと思う。
思うような石組みが出来た。
「凄い仕事でしたわ」、仕事を終えた満面の笑みが印象に残っている。
(前田)