一服の心遣い

その日は午後から現場に行った。
忙しく働く職人さんたちと、道具の間をすり抜けるようにして現場を見る。
まだまだ造作仕事は始まったばかりだが、少しづつおぼろげながら部屋の形が見えてくる。
山口さんとご一緒したが、山口さんも仕事が忙しくなかなか現場には伺えないようだ。
瓦屋根も葺き終わり、以前紹介した鬼師、梶川さんの焼かれた鬼瓦も無事に据えられた。梶川さんの鬼はいつ見ても凄い。見るものに迫力もってせまる力作だ。
山口さんも喜んでいた。

画像

現場の中、ふと見るとお菓子とポットが置かれていた。小腹が空いていたので、ひと言断ってお菓子をつまんだのだが、あとで山口さんの奥さまからの差し入れと聞いた。いつもこうして居られるらしい。
私の実家も今から30年前に建て替えたが、そのときも10時と3時には母が職人を接待していたのを覚えている。
昔の日本では、そういうことが当たり前に行われていた。
その頃私は学生だったが、単にその光景を慣習と思っていた。しかしこの仕事に就いて改めて思うことが多い。今では次第にこういう光景を目にすることが少なくなった。
工務店もこの時勢、このような慣習を強要することなはい。もちろん仕事の良否に影響もない。
夫婦で仕事をされている場合や、遠方に住まわれている方など、社会が複雑化している現代ではやむを得ないケースも多いのだから一向に構わない。無理をしてまでする必要はない。
それでも山口さんの奥さまの心入れに、暖かいものを感じた。
きっと職人さんたちも同じ思いだろう。
仕事に差別があっては職人とはいえない。しかし、心入れが伝わることでもうひと手間掛けてみようと思うのが人情だと思う。
これから永く住んでいく自分の家を、少しでも良く、丁寧に造って頂きたい。
そう思う施主の気持ちの表れと、その心入れを頂くこととしている。
普請ならではの美しい光景である。
山口さんご夫妻の気持ちが、この家を作っている何よりの証だろう。
   (前田)