アプローチ脇には椅子席を設けている。
気軽な気持ちで嵯峨野を知って戴きたい、と若女将の思いが発端だった。
建設中の仮店舗が椅子席主体なこともあって、初めての客も多かったという。
日本のもてなしに、今や椅子式は欠かせなくなった。
<椅子席から北庭を見る>
さほど広さはないが、中庭の竹林と北側の庭に挟まれるように席を配した。
左右が庭に面する空間は存外気持ちよく、北向きの光の一定の明るさが席に落ち着きを与えているようだ。席中の意匠は控えめに、庭が浮き立って感じられるようにと意を配った。
この北庭に面するガラス戸は、1枚8尺幅の3本立てで全てが引き込める。
季候の良い折りは全てを開け放ち、庭とひとつになって使える。そのため、北側に張り出すテラスも大きく幅をとり、屋根の軒も深く差し出している。
各種パーティーや会議など、料亭の枠を越えて使ってもらえることも意図した。
机は立礼卓として設計しており、2つをひとつに組んで通常の卓として用いている。竣工披露の折りにはここを立礼席として、来客の寄付に充てていた。
<椅子席全体を望む>
また、北庭は茶座敷へ向かう露地へと続いており、椅子席から庭づたいに席入りをする。その意味でも、それら茶座敷にとってはこの椅子席が寄付であり、茶の湯の世界への序章となる。
茶の湯座敷への正式なアプローチはこの露地からの席入りであって、廊下づたいに席中に招かれる通常の宴席とは異なる。
飛石を渡るごとに世俗の塵を払い、清廉な気持ちを醸成していくのが露地であって、浮き世を離れ、茶の湯の世界へといざなう関門といっていい。そのため、利休は露地をさして「浮き世の外の道」といったとも伝えられ、茶の湯にはなくてはならない動線である。
手前が四畳半、中門である枝折戸を抜けると奥に残月の間がある。
残月前には蹲踞が据えられ、正面には鉢明かりの灯籠が見える。
四畳半に取付く濡縁は腰掛にもなる。
<椅子席から露地を歩く>
一見すると、露地も庭園的な景色を組み立ててはいるものの、その主たる役割は客を導くためのつたいであるところに茶の湯の庭の特色がある。それは日常生活と茶の湯の世界との結界でもあって、露地を歩むことによって世俗を脱するという意図が込められている。
庭は、かねてより出入りの山崎造園山崎利太郎によった。
竣工前の混乱で随分難儀を掛けた。植裁には悪い時期だったこともあって、樹種を明示した配置図を渡したものの、時期的に調達できる植木に合わせ、彼の目で臨機に対応してもらった。
(前田)