現場も最後の大詰めに入った。
岩切所長の焦燥をよそに、先が見えてきたせいか出入りの職人には笑顔が伺え、幾分の達成感が現場を包んでいる。
最後の難関が左官で、今日も朝から所長と頭を抱えていた。
<大広間釘隠 変わり梅鉢>
家具、装飾は、岐阜の村山千利に入ってもらった。
やはり村山さんの人柄なのだろう。
紹介し話を進めるうち、瞬く間に彼は施主の信頼を掴んでいく。裏表がないばかりか、仕事の喜びが全身に溢れ、彼の姿勢や発する言葉は、いつも相手の立場に立脚しているから疑いがない。
これが村山千利の真骨頂だとわかっていながら、ついその心情に甘えてしまう悪い癖が私にはある。実は今回もそれに近い。
大広間と広間のひと部屋の長押に、釘隠を打つことにした。
晴れの場に、些かの格式をもって華を添え、凛とした空間をと願った。
設計時の見積もりに入れたものの、詳しい形や意匠があったわけではない。掴みで入れてもらったのは承知してたが、現場で考えるうち、否応なく形が複雑になっていった。
これでいいかと見せた途端、「格好いいですね」といって、頭を抱えてしまった。
当初は、単純な形を真鍮の型抜きで作ろうとしたのだが、つい思いが膨らみ立体になって、村山さんの想像を超えてしまったようだ。もちろん施主は、大いに賛同してくれた。
「何とかやってみましょう、考えてみます」
そういって、ふと笑みを見せる村山さんがいる。
試行錯誤させたが、結局は木型を作って上に漆をかけ、金箔を捺してもらった。
木型は飛騨の匠に、箔は富山高岡の手を使ったと聞いた。
<12.5畳 次の間欄間束> 丸太の長押も無事についたが、次の間境の板欄間に小さな束を立てた。 建築図に書いたので、大工が作るか、誰に作らせるか迷っていた。 ある日現場で、朝からその原寸を引いていたところ、村山組の目にとまった。 「先生、おもしろそうなもの書いとるね」 「気に入ったらこの図面持っていかんか」 「そんならもらってきますわ」 「これ、どんな材料イメージしてますの」 「堅木がいいんだ、黒柿はあるかな」 ものの1分に満たない会話だったので、作るつもりか半信半疑だったが、一週間後、岐阜で打ち合わせした時にはもう出来上がっていた。 びっくりした私を、不敵な笑みを湛えて覗き見る、人の悪さもある。 下部が四角の大面取り、中間に円形を挟んで、上部が六角の兜金になる高さ7寸強の小束だが、こうして取り付けると存在感は抜群である。 小さなものだが、仕事の良さはこうして全体に緊張感を生む。
<束を書いた図>
言っておくが、これらはどちらも金額に見合う仕事ではない。
これが村山千利率いる、村山組の仕事である。
一事が万事と察してもらえるだろうか。
彼らはただ作るのではない、その仕事の厳しさに誇りをかけている。だからこそ内奥の気持ちを形で投げかけると、彼らは全身で応えてくれる。互いの探求は次第に深い関係を育み、度重なって仕事はさらに難しくなっていく。
仕事の喜びは、こうした理解し合える人との出会いに尽きるといっていいだろう。
これらはまだ一端で、他さまざまな村山組の仕事が、料亭の空間を彩る。
完成時には、改めて紹介しよう。
(前田)