東京S邸が竣工した。
当初、昨年末の工期で始めた工事だが、やはり仕事が難しかったか。
最後まで大工が残り、建具、設備らの職人には竣工直前まで迷惑を掛けた。
それでもSさんには大いに喜んでもらい、名残を惜しみつつ引き渡してきた。
<東京S邸>
「木の家が欲しい」といって飛び込んできたSさんと会って、2年近くたつ。
紆余曲折もあったが、家を作るという一点で、毎週のように意見をぶつけてきた。
衝突すれば意見は纏まらぬが、短縮ありきの安易な妥協は、如実に完成度に現れる。両者真剣勝負に腹を割って話す中に、初めて解決が見えてくる。
その見える姿が信頼なのだろう、それが形に現れたと実感した。
南面する道路に対し、奥行きある敷地のため、なるべく南を開放するよう配置を選んだ。プランの詳細は以前書いた通りだが、二世帯の住まいということから、プランと配置計画を中心に計画を練った。
その過程でL字型の平面に落ち着いてくのだが、はたと外観に困った。
奥まった配置のため、道に面して外観が現れにくいのだ。
<S邸外観>
私たちが日頃見ている建物の外観は、ある意味、社会性を伴っており、意図するとしないとに関わらず、自ずと建物の性格を現す。街並みを形成する周囲への影響もある。それに加え、敷地南西にある桜の古木を、どう外観に取り合わせるか。
随分悩んでたどり着いたのが、この外観だった。
「日本が好き」、打ち合わせでのSさんの言葉だが、それは懐古趣味を指してのことでないのは明らかで、恐らく我が国の底流にある、ある種の時代を超えたモダンさと華やかさ、そこに日本を見出してのことだろう。
漠然と考える中で浮かんだのが、桜の緑に対した、この漆の色だった。
寝室の目隠しをと考えてた矢先のこと、ここに日本を重ねてみてはと思いだした。
設計過程で想いを暖め、佳境に入った現場で訴えた。
最初こそ戸惑われたようだが、現場に色見本を並べた途端、夫妻そろって賛意を示してくれた。ゴムの集成材を板格子に配り、漆調の塗料で仕上げてある。劣化の恐れはほとんどないという。塗りは岐阜の村山さんに依った。
仄かに木目を透かした古代朱で、これで建物の印象が決まった。
<同 上>
外壁は左官で仕上げたが、仕事の冴えが一段と光った。
壁はテクスチャが勝負と思っているが、その呼吸を難なく纏めてくれた。
特に面積が大きいと、どうしてもぺたっと潰れて見えるが、それを柔らかく見せるためにもテクスチャが必要なのだ。写真では分かりづらいが、とても優しく、暖かい肌触りを感じさせてくれる。
若い左官職人らだが、とても気持ちがいい。これからが楽しみだ。
庇は準防火地域ということもあって、鉄骨の下地を使った。ラインを水平に薄く通し、軒裏に杉縁甲板を見せる。脇に続く塀には栗を、大面取りしたものを段重ねに取り付けることで、一層水平ラインを強調している。
結果として抽象的な外観になったが、古木の桜とも馴染みよく納まったようだ。
花咲く頃も緑濃いときも、初冬に掛けての紅葉も、このファサードは桜とともにあって、違った表情を見せることだろう。
因みにこの漆色は、我が娘が真っ先に賛成の手を上げた。
(前田)