森別邸竣工ー5.

玄関の格子戸を開けて建物に入る。
土間に続いて式台を設け、一間幅の取次を経て次の間に至る。
次の間向こうの障子を開ければ視線は突き抜け、続く茶室の屋根に空間の奥行きを望む。

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            <玄関から次の間を経て茶庭を望む>
迎賓施設の主屋は数寄屋調で纏められ、茶室と共に穏やかな一境を作る。
材料は主として山形の金山杉を中心に、加藤棟梁の見立てに委ねた。
大工は加藤棟梁の右腕、佐藤一翁の腕によった。佐藤さんとはこの現場が初めての出会いだが、図面の理解力と仕事の速さは天下一品で、一を聞いて十の仕事をする洞察力を持っている。細かな納めや材料の使い方にも目が行き届き、何よりその眼力は鋭い。時には私が舌を巻くほどの納まりも見せてくれた。
同じく加藤棟梁の下、宮大工の若い職人が手伝いに来ていたが、数寄屋仕事にも学ぶべきこと多という。実際に手を動かすことで伝わる何かがある。
佐藤さんの厳しい目は若い衆にも伝染し、みな目を輝かせのめり込んでいった。

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             <入側から濡縁~広間南庭を望む>
式台から取次を右に曲がると入側に至り、客を広間へと導く。
入側には南庭に向かって大きく濡縁が張り出され、月見の宴など別業ならではの行事に使えるよう広々と拵えている。屋根はいち段落とした下屋として、杉小丸太の垂木に、裏板に杉ノネを羽重ねで張る。
広がる南庭は、周囲を杉皮塀で囲った品格漂う佇まいに、濡縁を囲むように白砂が広がる。格式張った樹を入れずに穏やかな構成を心掛け、手前に枝を伸ばした紅葉を中心に纏めている。
広間は8畳に床脇1畳を入れた9畳敷、床回りには書院窓を多用し華やかな感じに仕上げた。一間床に並んで床脇に付書院を設え、床柱には松を立てた。
床框には栗の掻き合わせを取り合わせ、入側境には平書院の小窓を開ける。床脇の付書院には杉柾の板欄間を入れ、掛込みとして天井を落としたことで、床全体に奥行きが生まれたようだ。
畳を敷き詰めた入側は、障子の開閉次第で座の伸縮が可能となる。

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                     <広間>
広間北側には茶庭が広がり、茶室との間を濃密な空間に仕立てている。ひとたび障子を開け放てば室内に緑が充満し、内外一体の日本の空間に包まれる。
写真では判別しにくいが、座敷欄間には截金(きりがね)細工を施した板を入れ、軽快な中にも彩りと格式を取り合わせ、座敷を引き立たせている。截金は日本を代表する繊細な技術で、そのたおやかな姿は他の追随を許さぬほど美しい。
詳細は後日に譲って、改めて紹介したい。
床を正面に連なる庭に左右を挟まれ、座敷はまさに庭園に浮遊する。

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              <座敷から茶庭を通し茶室を望む>
このほかにも各室が連なるが、私室の趣もあってここでは割愛する。
大規模な施設ゆえ紙面だけでの紹介は困難で、庭についてもまだ見所はたくさんある。施主の森先生と、携わった年月に心から感謝している。
このような日本を意識した造形は、如何に自然の姿を範としているかに改めて気付かされる。日本の持つ自然観や、四季を彩る豊かな情景がどれだけ繊細な心情を育んできたのか、日本人ならではの捉え方がある。
脈々と伝わるそういった心持ちからも、現代が学ぶべき点は多い。
反面、こうした造形を生む作業は作り手の内面が暴かれ、常住の人間性が垣間見られてしまう。
そこに日本の深遠さ、不断の根本原理をひしと感じる。
表層を剥ぎ取った後に残る内面の厳しさがなければ、日本を形にはできない。
 (前田)
建築、庭園設計監理
       前田 伸治
       暮らし十職 一級建築士事務所
建 築   株式会社 加藤工匠   加藤 吉男棟梁
庭 園   福清緑化          加藤 孝志
家 具   ヤマコー株式会社     村山 千利
截 金   左座 朋子