木造旅館が建ち並ぶ二見にあって、浜千代館のエントランスは近代的だった。
タイルを張った土間に長い上がり框、紅い絨毯にソファーを置いたロビーが続く。
海に面して展開する大きいエントランスは、さながらホテルの印象を与えていた。
<改修前のロビー>
ただ現状にも問題があり、団体旅行のように一度に多勢には大きさが効果を発揮するが、個人客には漠然として持て余してしまう。また外からひと目で望見できるロビーの開放感は反面で奥行き感が欠落し、均質に連なる土間とロビーは演出の場を奪っていた。
今後、個人客が主体であろう旅館にとって、このエントランスのあり方が、改修の行方を決める重要な要素になるだろうと咄嗟に思った。
近年、二見の町を挙げて開く雛祭りイベントには、各旅館のエントランスが解放され、浜千代館でも飾り付けられた雛人形が公開される。その頃ともなると、大勢のそぞろ歩きがよみがえり、町中に活気がみなぎってきた。また女将が開く月に一度のジャズライブは、積極的にロビーを地域に開くことで、新たなコミュニティーを育んできた。
それらがきっと館の自信に繋がってるのだろう、宿泊客にとどまらず、地域に開かれた空間でありたいと、当初から聞かされていた。
それらのソフトを採り入れつつ、時代に即した空間に構築するのが今改修の主眼である。
そこで、空間の抑制を図りながら屈折させた動線で奥行きを演出し、道路との高低差をアプローチの長さで解消する。アイストップとなるコーナーには、場面の変化を際だたせることで期待感を高揚し、屈折しながら水平に流れる空間を、歩く視線が追いかける。式台の先にはロビーを介して二見浦の景色が広がり、訪れる人を一気に海辺へと引き込んでいく。
以前から使われなかった部屋を取り入れてロビーを拡張し、海辺の空間は訪れる人の居間となることを願った。
さらに、和風旅館の数寄屋趣味に迎合することなく、敢えて力強い意匠を根底に据え、長い歳月に耐えうる造形を心掛けた。家具は随分と紆余曲折を経たが、最終女将さん自らが選んだものである。
所々に設けた室礼の場は、きっと4代続く旅館の矜持を訪れる人に訴えるだろう。
すでに全館を通した改修コンセプトを提出している。
互いの疎通を図るためだが、全体の青写真を根底におく改修を望んだ。
小さい旅館ならではの暖かさを伝える空間を、ホテルでなく旅館にこだわりたい、これも当初伺った浜千代さんの言葉である。
おそらく、これからも改修が続くだろう。
このエントランスが、今後を大きく方向付けていくことは間違いない。
(前田)
設計・監理 前田 伸治
暮らし十職 一級建築士事務所
施 工 小切間建設工業株式会社