茶室回り造作

樋口さんがいよいよ2階の造作に掛かりだした。
寡黙な仕事の姿勢は、終始変わらない。
S君も心配げに見守っている。
実は、大分工程から遅れているのである。
宮本さんも気が気でないはずだ。当初想定していた内装工事の領域を、遙かに超えてしまった。棟梁である樋口さんの、仕事に向かう真剣な姿勢が若い衆にも伝染し、みんながひと削りの仕事に集中している。
ピンと張った緊張感が現場を包む。
ひと仕事をして研ぎ、ひと仕事をして研ぐ。
杉は道具の状態が切った木口で伝わってしまう。切れ味が勝負である。
慎重にならざるを得ない。
これでは遅れるはずである。
現場を預かる啓君も、対応に戸惑っているようだ。
進捗を期待して時折に現場を覗くが、遅々として進まない。

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2階の小間が始まる。
茶室では四畳半の大きさがひとつの基準となっており、それより大きい部屋を「広間」、それ以下を「小間」と呼ぶ。四畳半はどちらにも属しうる広さであるが、ここで作る四畳半は、あくまでも小間の色濃い茶室である。
小さいながらも「小間」と「広間」があるということは、それだけ茶の湯の展開に幅が出来るということでもある。内部の柱が立った。

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床柱は赤松皮付き丸太。床框は杉磨丸太入節、相手柱はアテを取り合わせた。
床上の天井回縁には香節丸太、この部分は特に丸太が交錯する。
おぼろげながらも、茶室の空間が立ち上がってきた。
「工事の遅れは構いません。皆さんの気のすむようなお仕事をして下さい」
早く完成を見たい気持ちを抑えて、S君が宮本さんにいっていた。
今の建築にとっては、材料費より人件費の方が高い。
人手を掛けることは、それだけ工事金を圧迫させることになる。
当たり前といってしまえばそれまでだが、手を抜きたくなるのが本来なのだ。
その意味でも、慎重に取り組んでくれる姿勢には、喜びの他はない。
自分の仕事に誇りを持つ、とはそういうことだと思う。
誇りは人が与えてくれるものではない。自分で積み上げるものだ。
仕事に向かう大工の後姿に、それが滲み出ている。
  (前田)