S邸、1階は店とバックヤード。それに2階への玄関を設けている。
代替わりで店を引継ぐことから、今までの顧客との違和感ないコミュニケーションがとれるよう、改装前と大きな変化はつけていない。
こだわったのが小上がりだった。
【店正面を見る】
かつての老舗といわれるところは、「座売り」が基本だった。店の主人は客が来ると、小上がりの畳に座して応対する。客とのやりとりを聞いて、店奥から求める好みにふさわしい品を出しながら、客との距離を縮めていく。そういう商いが行われていた。
今のようにショーケースや陳列棚が客を迎え、互いの会話もなく、客が自分で商品を取ってレジに向かうなど、考えられない商いの仕方だった。
従って店の中はいたってシンプルである。店主と客の結界となる上り框だけしかなかったといっていい。
客との応対の中で客の好みを把握し、それに見合うものを提示できなければ、客は2度と店に来ない。そんな厳しくも暖かいやり取りを象徴するのが、この「上り框」だった。
いってみれば上り框は店の信用であり、大きく、どっしりしたものが入っていた。
遡ること数年前。彼が伊勢に私の仕事を見にこられたとき、そんな話になった。
きっと覚えていたのだろう。
「是非、上り框をつけたい」、との言葉が発端だった。
【店内部を見る】
店柄、小上がりには床を設け、店主の出入口を茶道口に見立てて整えたところ、彼から「炉を切れないだろうか」、と。
きっとここでの商いを夢想しているに違いない。
格子戸が茶苑への入口、茶の湯でいうところの「露地口」となる。
格子戸を潜り、土間を上がる形で腰掛・つくばいが置かれる
客は腰掛へ通され、ここでつくばいを遣い、階段をのぼって茶室へと導かれる。いわばここが、茶室への「露地」となる。
利休は露地を「浮き世の外の道」、といった。露地は世間の煩わしさを脱し、清廉な茶の湯の世界へとつなぐ結界であり、茶の心持ちを醸成する大事な道である。
ビルの中ゆえ露地庭こそ設けられないものの、この空間があってはじめて茶室は活かされる。多くの人が楽しめる、本格的なお茶が繰り広げられることを期待している。
(前田)