新生餘慶庵<竣工4.>

創建時の思いは受け継ぎたいと、外観の面影を残すよう努めた。
大きくひと屋根にしながらも、かつての重ね妻の外観を保ち、小瓦の軒葺だったものを、銅版葺きを主体に軽快に整えた。

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               <餘慶庵外観>
入側の軒の下がりに対処するため、屋根勾配を少し立て、軒裏に桔木をしっかり入れて納めている。入側の丸太桁が良質だったのが幸いで、ここに荷を掛けないよう、本体柱通りの桁に重ね桁を補強して荷を負わせた。銅版も葺き足が荒かったので横六つ切りで整え、軒付も2段に葺いて納めた。
経年で味が出ている外壁はチリ処理をして残し、桁から上を新材で交換することとした。腰掛と、その裏の本堂への渡り廊下が、平面上振れているため屋根の納まりが悪かったが、それも今回の工事で修正している。
屋根のけらばを本堂の軒裏に伸ばしてバラ軒で仕舞い、茶室の入口としての体裁を整えた。

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          <本堂より餘慶庵入口を見る>
屋根の鬼は新たに、いつもの梶川亮治に焼いてもらった。
重ね妻の下段には仏さまを、上段には獅子をあしらっている。素直なカエズの鬼でも良かったのだが、塔頭寺院としての格式を些かなりとも意識して、敢えてリクエストさせてもらった。
一昨年、山内の真珠庵に伺った折、和尚さまと庭玉軒でお話ししたが、庭玉軒に載っている鬼が獅子で、とても格調高く、愛らしく心に残っていた。それも背景にある。

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          <餘慶庵露地より座敷を見る>
先回も書いたが、入側周りの硝子戸は後補のもので、写真はその硝子戸を外して撮影した。
こうしてみると、餘慶庵の座敷が、本堂の庭に浮かんで見え、とてもいい。近年は冷暖房の心配が先に立ち、日本建築が目指した外と内が交感するさまを実感することがきわめて少なくなった。使い勝手の”用”からはやむないと思うが、我が国が大切にしてきたものを、少しでもこうした場所の建築では残し、伝えられたらと思う。
扁額は古くて文字が見えなくなっていたものを、板はそのままに、再度彫りなおして胡粉を差した。
26歳で京都にひとり出てきたとき以来、公私ともにお世話になったこの場所で、このような仕事をさせていただいた御恩に改めて感謝している。果たしてその期待に応えられたは不安だが、心に刻まれる仕事となったことは確かである。
ここに改めて謝意を表し、この先も見守りたいと思う。
  (前田)
設計監理  前田 伸治
        暮らし十職 一級建築士事務所
      永松 輝 建築設計一級建築士事務所
施 工    株式会社 大山建工
        有限会社 建築工務 吉田
左 官    板尾左官店
表 具    瀧本松花堂
板 金    渋谷板金工業
 畳      高室畳工業所