慧然寺境内整備<竣工2.>

今年の暑さは常軌を逸している。
些か暑気あたり気味で、何とも身体が辛い。
梅雨が早く明けてしまったこともあるが、温暖化の影響も相当大きいのではないかと思う。慧然寺の続きを。

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               <本堂前から庫裏を望む>
本堂を残して、裏にある墓地を修復し、庫裏と書院を新築、外構の塀をやり変え、北側の駐車場、外物置の新築と境内地全体にわたる整備を行った。限られた敷地とあって、工事の手順と工期を綿密に立てないと、遠忌に間に合わなくなる恐れもあり、子細に段取りを組んだ。
そこで庫裏に先立って墓地の修復を行い、修復後の供養と同時に、庫裏書院の安全祈願祭が営まれた。
庫裏は、お寺に来られる檀家衆はじめ、さまざまな来客対応の場と、住職の住まいが一帯となったもので、それに付随する形で、寺の行事にかかわる書院がある。
それらを機能的に纏めるのは無論のこと、訪れる人々のよりどころとなる場所にしたい、という住職の意向を汲んで設計に望んだ。

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               <本堂、庫裏を俯瞰する>
すでに本堂が建っていることから、この本堂の棟高を超える建築は出来ない。
また要望内容からも、庫裏は2階建てとせざるを得ないが、禅宗寺院としての楚々とした佇まいと、禅のもつ質実剛健さが建築からも滲み出るものにしたいと思った。
本堂は平成元年の竣工になるが、地下に斎場が作られていることもあり、地盤より床高が1m上がっている。使い勝手を考えれば、本堂との間に段差を設けたくなく、庫裏の床高を本堂と合わせると、2階の階高が極端に低くなくなる。
そうした諸条件を克服して外観を形作った。

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                  <玄関土間>
玄関は禅宗ならではの四半敷きとし、特注で敷瓦を焼いて貰った。
四半敷きの敷瓦は、中央がこんもりと盛り上がるよう作るのが本来で、昨今のタイル状の敷瓦とは異なる。いつもの三州の梶川亮治に頼んで、一枚一枚を手作りした。整形したものを立てて乾燥させるため、途中でしなるものもあって、枚数を確保するのに多大な労力を掛けたが、張り上がった床は、何とも柔らかで心地よい。
式台は欅の一枚で5寸の厚みがあるものを、正面だけ寸法を落として静かな造形に落ち着かせている。
工期のない中で、全体の材料を集めるのが当初からの試練だったが、何とか揃えることが出来た。これも遠忌を控えた中にあって、かかわる人、全ての熱意が結集した成果だと思う。
次回は少し、この木の話しから始めよう。
  (前田)