福岡西中洲の鮨店(3)

アプローチを歩いて、客は店内へと誘われる。
歩かせる空間が欲しいと、はじめに求められていた。そこで、入口に片屋根の腰掛けを設けて溜まりを作り、回り込むようにアプローチする。
アイストップに中敷居窓の明かり障子を入れ、照明を兼ねた。

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                <格子戸から店内を見る>
腰掛けは、丸太の柱に桁、垂木の小丸太と丸ものばかりで作った。脇には手水鉢を据え、吊燈籠を下げる。排水の関係で床を上げたが、アプローチを段々に上げていくことで、気持ちの高まりも狙っている。
回り込んだ正面に看板を掲げ、そこからさらに90度曲がって店の入口となる。曲折させることで意識を変転させ、小空間ながら密度を上げている。
格子戸を開ければ、店のカウンターとなる。
同時に10人を握るのが精一杯ということから、カウンターの寸法を割り出し、我が家に来て貰った、という雰囲気を目指して全体を整えた。これも夫妻の仲睦まじさに接したからで、これまでの繁盛は、きっと二人の仲の良さにも一因があると察してのことである。床を板張りとしたのも、そのためであった。
また、鮨屋はすしで季節を感じさせるのが本来だろうが、店としても視覚的にそれを現したい。加えて、店主の趣味趣向やその人柄がにじむようにと、敢えて床を設けることを提案した。歩く側には小さな飾り棚も添え、静かに施す室礼から、そうした心持ちが伝わればと願った。
慣れない室礼は苦労かも知れないが、それを通して、鮨にとどまらない日本の文化にも意識を開いて欲しい。必ずや仕事にそれが返り、自身を深めてくれるものと信じている。
床脇には氷室といって、氷で冷やす冷蔵庫を壁面に埋込んでいる。

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                    <店内見返し>
個室は2室を設け、客前で握るカウンターを附した。障子を開けると板場になる仕掛けで、このカウンターは、以前の店で使っていた銀杏のカウンターを削り直して再用している。
天井は杉柾の市松網代張り、和紙で裏打ちをした。卓はいつもの村山組で、溜色に塗って貰った。ただ弟子が育つまで、個室は使わないそうだ。その点、堺さんの鮨に対する意気込みと責任を感じる。
トイレは、カウンター背面のクローゼットを挟んだ裏にある。先ほどのアプローチと同じく、回り込んで歩かせることで、客席からの距離感を生み、クローゼットを挟むことで消音に配慮した。
店内部の駆け込み天井も、堺さんの要望である。握るときに見える空間が綺麗であって欲しいと、彼一流の美意識なのだろう。これによって予算が圧迫されたのは確かだが、出来てみれば、やはりこれで良かった。

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                   <個室内部を見る>
実は当初の設計では、全てを土足で考えていた。工事中は、もちろん靴を脱いで上がっていたが、木を張った床の肌触りが良いのは、みんなも実感していた。
プレオープンのおり、初席に私たち工事関係者を招いてくれた。その席で堺さんから、ここを土足にするべきか迷っている、意見を聞きたいと投げかけられた。一同、靴を脱ぐべきだろうということになり、一転して上足となった。こうした決断を、奥さまも笑顔で支えていた。
カウンターの椅子は、この空間のためにデザインしたものである。堺さんのすしのように、凛として背筋が伸び、それでいてゆったりと構えられるようにと思いを込めた。
これも村山千利の手による。

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               <カウンター内から飾り棚を見る>
開店当初から、相変わらずの賑わいが続いているようだ。これも、すしに対する堺さんの情熱の現れだろう。毎年、私の誕生日にここで会おうと別れたが、果たしてみんなは覚えているだろうか。
初席の御酒に、大いに酔わされていたから。
  (前田)
設計監理   前田 伸治
         暮らし十職 一級建築士事務所
施 工     株式会社 谷川建設  高橋宏樹
家 具     ヤマコー株式会社    村山千利